ある日見た夢:烏の神様

夢の中で、烏の神様に逢った。
烏の神様は、とても綺麗。真っ黒なのに、とても眩しく見える。

僕は、烏の神様に訊いてみた。
『烏の神様、僕はどうしたら自由になれますか?』
烏の神様は、僕をとても高い塔の上に連れていった。
「貴女を自由にする方法は、3つあります」
黒い翼をのばして、烏の神様は続けた。
「ひとつは、とても簡単なことです。しかし、それは全ての終わりを意味します。
 ふたつめは、一時的ではありますが、確かに貴女を解放してくれます。しかしそれは、擬似的なものに過ぎません。
 最後は、とても困難なことです。しかし、それを実行に移すことが出来たなら、貴女は確実に自由になれるでしょう」
烏の神様の黒い輝きは、よりいっそうその強さを増した。
「しかし、自由を手に入れるためには、なにかしらの犠牲が必要となります。
 貴女は自由を手にする代わりに、様々なものを失うでしょう」
塔の上はとても強い風が吹いていた。
「ひとつだけ答えを教えましょう。
 それは、ここから飛ぶことです。失うものは他でもない、貴女自身。
 ……貴女なら怖くありませんね?」
確かに、怖さは微塵も感じられない。
夢だから? ううん。僕は高いところが好きだから……。
「後は自分で考えてごらんなさい。
 また逢えることを楽しみにしていますよ」
そう言うと、烏の神様は空の彼方へ消えていった。

それからずいぶん経ったある日、僕は再び、烏の神様に逢った。
烏の神様は、やさしく微笑みかける。
「お待ちしていました。
 なかなか逢いに来てくれないから心配していましたよ」
そうだ。僕はここのところずっと、薬の力で夢のない眠りに堕ちていたのだから。
烏の神様のそのやさしい笑み。
まぶしくて、まぶしくて、こころに痛い。
『烏の神様、ダメなんです、どうしても……ダメなんです……』
僕は泣き出してしまった。
なにをやってもうまくいかないこと、すべてが不可能に思えてくること、僕のまわりと僕の中の全てのマイナスが頭の中でぐるぐる回る。
涙は、止まらなかった。止めようがなかった。
「あなたはふたつめの道を選んでしまったのですね」
僕のそばでやさしい声で語りかける烏の神様。
烏の神様のやさしさの、すべてが痛い。
……痛くて痛くて泣きつづけていたら、目が醒めていた。
そしてその日、あることをきっかけに、僕はいつだって飛べるということに強い確信を持った。
前々から持っていた決心が、よりかたく、強くなった。
『でも、飛ぶ前に、烏の神様に相談したいな……』
そう思った時、烏の神様の声が聞こえたような気がした。
今夜また烏の神様に逢える、僕はそう思った。

そして予感は的中し、僕はまた烏の神様に逢えた。
『烏の神様……』
僕は烏の神様に逢うといきなり話しはじめた。烏の神様を見た瞬間、話さずにはいられなくなった。
いろいろな思いを烏の神様に話した……飛べることに確信を持ったこと、飛べると思ったきっかけ、飛ぶことへの考え……。
烏の神様は文句ひとついわず、僕の話すことすべてを聞いてくれた。
静かに、静かに聞いてくれた。
「……あなたの言いたいこと、考えていること、気持ち……すべてよくわかりましたよ。
 話してくれてありがとう。とても嬉しいですよ」
烏の神様は怒らなかった。あんなにいいたい放題言ったのに……。
「貴女はとても勇気があるのですね。普通は出来ない覚悟ができている貴女は、とてもすばらしい。
 けれど、飛べるのはたった1度きりです。飛びたくても2度目はないのですよ」
確かに。飛ぶ時は生半可な飛び方はしないと心に決めている。
2度目はない。
「強い確信が持てた、普通は出来ない覚悟ができた……いまはそのことに自信を持ってもうしばらく過ごしてごらんなさい。
 それでもやはり飛ぶべきだと感じたならば、また逢いに来てください。
 いつでも貴女を待っていますから……」
烏の神様が話し終わらないうちに、僕は何かの力に強く引っ張られた。
『あっ……』
身体がどんどん烏の神様から遠ざかっていく。僕を現実へ引き戻そうとするのは、誰?
『ちょっ……烏の神様……! 聞こえない……聞き取れな……』
心の奥で、烏の神様の声がこだまする。
「……世界のすべてが貴女を信じなくとも、私は貴女を信じています……」
……そこで目が醒めてしまった。
真に飛ぶべき時が来るまで、僕はまた憂鬱な毎日を過ごすことになりそうだ。

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Posted by CINDY